樋野興夫ブログ 「がん哲学学校」

第221回「がん哲学学校」
「Quality of Death」:プレゼントを遺して去って行く ~ 愛しています ~
 

2017年06月26日


先週の日曜日の午後、鎌倉能舞台での『がん哲学外来*ピンクリボン シンポジウム 「病気も単なる個性 〜 海から出よう 〜」』に赴いた。多数の参加者の前で、筆者は、白足袋を履いて能舞台に立って講演をした。大変、恥ずかしかったが、有意義な、時でもあった。次は、鎌倉芸術館で、企画される様である。
「石見銀山 がん哲学外来カフェ」開設記念で、島根県に帰郷した。出雲空港に、故郷に住む94歳の母と姉が、出迎えて呉れた。出雲市に住む従姉妹の家に行った。丁度、帰国中のバンコックに住む従姉妹の娘とその子供達と、皆で、昼食を食べた。大変、貴重な、忘れ得ぬ、一時を過ごした。母と姉が、車で、出雲市駅まで、見送って呉れた。母の涙を後にして、汽車で、大田市駅に向かった。
島根県大田市民会館での、「石見銀山 がん哲学外来カフェ」には、地元の医師、益田市の患者会の代表、島根県 県央保健所、大田市役所の職員・保健師、テレビ局と、多種の方が参加され、会場は、大盛況であった。筆者の研究室に、国内留学で、来て呉れていた島根大学医学部の先生達も参加して下さった。その中には、今や、医学部の教授に就任された先生も居られ、大変、懐かしい再会の時となった。夕食も、大いに盛り上がった。今後も、定期的に、開催される。
第41回日本遺伝カウンセリング学会学術集会(近畿大学東大阪キャンパスに於いて)で、招待講演「遺伝病も単なる個性である社会構築を目指して 〜 がん哲学 & がん哲学外来 〜」に招かれた。フロアーからの質問に、「曖昧なことは、曖昧に答えるのが、科学的であり、グレーゾンーを、確信を持って語るには、愛しかない」と答えた。まさに、「病気であっても、病人でない、患者主体の医療」の人類に与えられた、永遠の課題の、事前の舵取りなる予感がした。
小林麻央氏が逝去された。昨年、週刊誌『女性自身』に、筆者のコメント記事が、掲載された故か、複数のメールが届いた。「樋野先生がもし、海老蔵さんや 麻耶さんに 何か言えるとしたら、どんな言葉をかけられますか? — 教えて頂ければ幸いです。」等の質問を頂いた。「プレゼントを遺して去って行く ~ 愛しています。 何時も、あなたを見守っています ~」と、さりげなく答えた。
小林麻央氏の死は「Quality of Death」が重要なテーマである気づきともなろう。

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第220回「がん哲学学校」
『われ21世紀の新渡戸とならん』の静かなるブーム到来 〜 哲学の時期 〜
 

2017年06月19日


筆者の講演会に「神谷美恵子」のご親族の方が聴講に来て頂き、お話する機会が与えられた。「神谷美恵子」が勤務していた、ハンセン病施設の長島愛生園に講演に赴き、『神谷美恵子記念 がん哲学外来カフェ in 長島愛生園』が開設された。今年、5周年記念 講演会が、企画されている。筆者は、若き日、『生きがいについて』、『人間をみつめて』、『こころの旅』を、熟読したものである。まさに、ドイツの哲学者 ショーペンハウアー(1788~1860)の『青年期には観察力が、老年期には思考力が強く出る。したがって、青年期は詩の時期であり、老年期は哲学の時期である。』を、実感する、今日この頃でもある。
今朝、ベトナムのホーチミン 在住で、『樋野先生の「がん哲学学校」を読む会』を主催している方から「毎週月曜日、樋野先生の がん哲学学校 を拝読しています。いつも楽しく拝見しています。時には深刻な問題、感銘を受けるお話しなど、話題の幅が広いので有り難く頂いております。」と、心温まる、励ましの言葉を頂いた。また「樋野先生の軽井沢のご講演に申し込んでいます。家内と伺います。 楽しみにしています。」と、書かれていた。本当に嬉しかった。

海の日(7月17日)、軽井沢町にある「石の教会・内村鑑三記念堂」の近くで、開校記念公開シンポジウム 『21世紀の軽井沢夏季がん哲学学校 〜 内村鑑三と新渡戸稲造の楕円形の精神 〜』が企画されている。内村鑑三の{『商売成功の秘訣』10ヶ条(『われ21世紀の新渡戸とならん』26,27ページ)}が、甦る。アメリカ、ドイツへ留学した新渡戸稲造は、1891年
米国女性メリー・エルキントンと結婚し帰国した。
軽井沢へは、1905年からメリー夫人と訪れ、別荘を設けて避暑生活を楽しんだと言われている。新渡戸稲造は、1918年に開講した「軽井沢通俗夏季大学」の初代学長を務めた。当時、人口500人だった信州の寒村が
日本でも有数な避暑地リゾートになった理由が、ここにあるとも言われている。 
筆者は、新渡戸稲造の教え子:河井道が創立した恵泉女学園に続いて、今年度から、1918年に、新渡戸稲造が、初代学長として開学した東京女子大学の理事とのことである。15年前に執筆した『われ21世紀の新渡戸とならん』(2003年発行)が、「静かなるブーム」のようである。これこそ予想外であり、驚きである。

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第219回「がん哲学学校」
『伊香保温泉がん哲学外来 in 新渡戸稲造セミナーハウス』:夢の現実化の雅量

2017年06月12日


『新島襄記念 がん哲学外来 in 伊勢崎市民病院』に赴いた。スタッフとの昼食は、大いに話が盛り上がり、敬老の日(9月18日)の午後は、『伊勢崎市民病院市民公開講演会』、夜は、『がん哲学外来 伊香保温泉シンポジウム』と、『速効性と英断と胆力』で、決定された。『内村鑑三記念 がん哲学外来 in 国立病院機構沼田病院』、『がん哲学外来 in 万座温泉』も協力されるとのことである。

思えば、15年前(2002年)に、今年4月逝去された原田明夫氏(元検事総長・東京女子大学前理事長)と、『新渡戸稲造生誕140年記念シンポジウム』を伊香保温泉で行った。まさに、『原田明夫氏追悼記念 〜 今、ふたたび 伊香保温泉 〜』
である。当時の女将に依頼され、2003年の『全国女将サミット2003年東京』(品川プリンスホテルに於いて)での講演が、鮮明に甦る。その時、筆者は大胆に、
   1)『新渡戸稲造セミナーハウス』を造れ!
   2)『ひも亭主』に集客させろ!
   3)火焔のうちにある燃料の如く自ら燃えよ!
と、あえて、挑発的な提言をした。後で、女将から多数のメール・手紙を頂いた。

伊香保温泉は、1897年、日本が誇る国際人・新渡戸稲造(1862〜1933)が療養した場所と若き日から、聞いていた為である。筆者は、2006年 現在、国立がん研究センター理事長・総長の中釜斉先生と、会長を務め、『日本疾患モデル学会総会〜「過渡期の指導原理と新時代の形成力」を求めて〜』も、開催したものである。先週、群馬大学医学部附属病院の看護師と伊香保温泉の東京案内所の所長が、順天堂大学に面談に来られた。『伊香保温泉 がん哲学外来 in 新渡戸稲造セミナーハウス』の夢を語った。夢の現実化の時代的到来を、感じた。

先週末、『がん細胞に人間が学ぶ』(勝田台文化センターに於いて)、『がん哲学外来 〜 対話学の学び 〜 』(放送大学 埼玉学習センターに於いて)の、講演をする機会が与えられた。『がん哲学外来 in 桃太郎 がんメディカルカフェ(主催:岡山大学病院 腫瘍センター・総合患者支援センター)では、『桃太郎の現代的意義〜性質の異なった者を容れるだけの雅量〜』について、触れた。

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