樋野興夫ブログ 「がん哲学学校」

第216回「がん哲学学校」
『日米 がん教育』の共通化 〜 『Cancer Now What ?』ジョイント講演会 〜 

2017年05月22日


広島大学医学部学生の病因病態学 特別講義「広々とした病理学 〜 医師の2つの使命 〜」に参上した。教室は、満員であり、質問もあり、大いに感動した。学生全員のレポートを、じっくりと拝読した。『講義の中で最も印象に残った話?』、『講義の感想等を書いて下さい』の項目を、丁寧に、読にながら、『「言葉の大切さ」と「医師の使命」を語る「医学教育」』の重要さを、しみじみと、実感した。筆者が、若き日、教わった、『教育とは、全てのものを忘れた後に、残るもの』(南原繁)の再認識の時ともなった。終了後、安井弥教授・病理学教室のスタッフの皆様との夕食の語らいの場は、大変、楽しい、一時となった。

日本がん治療認定医機構の事務局の方の紹介で、アメリカから、『Cancer Now What ?』 の著者:Kennete C. Haugk, Ph.Dが、娘さんと順天堂大学に来訪された。奧様は、がんで逝去されたとのことである。土曜日午前中の東京での講演会を終えられ、東京の牧師が案内され、午後の『<がん哲学外来> 第60回 5周年記念スペシャル お茶の水メディカル・カフェ』 にも参加して下さり、筆者の wife も交えて、レストランで、有意義な語らいの時を持った。拙著『がん哲学』の英語版は、さりげなく、世に存在しているが、お茶の水の書店では、見つからなく、『がん哲学』(日本語版)を購入された。「年末に日本で、是非、ジョイント講演会を!」の企画案で、大いに話が盛り上がった。それまでに、『Cancer Now What ?』の日本語訳が実現すれば最高である。『日米 がん教育』の歴史的大事業にもなる予感がする。今回は、不思議な出会いが与えられた。

筆者は週末、早稲田大学 エクステンションセンター(早稲田大学中野国際コミュニティプラザに於いて)で、「夏学期 早稲田大学オープンカレッジ講座『がんと生きる哲学』」で、『がん哲学』(日本語版;EDITEX社発行)を用いた、読書会形式の語らいの講座の機会が与えられた。日々、新なる学びである。講座後は、複数の受講生の方と、カレーライスを食べながらの貴重な時であった。

拙著の中国語訳の企画が、進行中とのことで、北京大学出版社との「委託契約書」が送られて来た。『がん哲学・がん哲学外来の人類共通化』は夢でもある。

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第215回「がん哲学学校」
『空っぽの器』友の会発足のお祝い〜 『利他性と鈍感性』 〜 

2017年05月15日


NPO法人山梨ホスピス協会主催特別講演会(山梨県立中央病院に於いて)で、講演「がん哲学外来へようこそ〜明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい」の機会が与えられた。筆者が、癌研時代の職員が、ご夫妻で聴講に来ておられ、約15年ぶりに再会出来、大変、嬉しかった。終了後、スタッフの皆様と有意義な懇親会の時を持った。新渡戸稲造と山梨との関わりについて、話が大いに盛り上がった。『1901年山梨県立甲府中学校 (現在の甲府第一高校) 第5代校長として大島正健が着任すると、内村鑑三と共に新渡戸稲造が、甲府を訪ねているようです。1906年山梨英和女学校の評議員に大島正健が就任すると、以後、新渡戸稲造は、1909年山梨英和女学校卒業式で祝辞、1916年卒業式で講演、1929年8山梨英和40周年記念講演で3回訪ねております。』とのことである。今後、『武田信玄記念 がん哲学外来』が開設される事であろう。楽しみである。

筆者が委員を務める「文京区立さしがや保育園アスベスト健康対策等専門委員会」、また委員長を務める「アスベスト・中皮腫外来推進委員会」に出席した。第90回日本産業衛生学会(東京ビッグサイトTFTビルに於いて)で、『職業性呼吸器疾患フォーラム:中皮腫〜予防から治療の最前線』(座長:森本泰夫、菅沼成文) で、講演『ERC/メソテリンによる建設労働者の研究型検診』をする機会が与えられた。他の演者の純度の高い専門性の発表は、大いに勉強になった。

この度、『空っぽの器』友の会が発足された。筆者は、顧問とのことである。新渡戸稲造は、第一高等学校の校長の時、「学生は、校長室は敷居が高いので、相談に来づらい」と、学校の近隣に、木曜日の午後、場所を設定し、そこには、第一高等学校の学生であった矢内原忠雄も参加していたと、若き日に聞いた。「教育とは『空っぽの器の場の設定』」でもあろう。「人生とは『器に水が入っても穴が開かないよう頑丈』にしていく訓練」であり、「良い出会いとは、『空っぽの器に水を入れてもらう』こと」であろう。しかし、現代、自分で水を入れている人が多いのではなかろうか? それでは、もったいない。器が空っぽなら、誰かが水を入れて呉れ、心が満たされることであろう。「無邪気に喜んで、底が抜けない空っぽの器の提示」である。まさに、『利他性と鈍感性』である。

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第214回「がん哲学学校」
しっかりと、手を繋いで歩く 〜 迷い子からの脱却 〜

2017年05月08日


NCN(奈良キャンサーネットワーク)若草の会『樋野先生を囲んで、第16回がん哲学外来「大仏さんカフェ」』(奈良県社会福祉総合センター)に参上した。ニュースレター『がん患者たまゆらの手記:珠のコトノハ〜若草からの贈り者〜』には、「『病気であっても、病人でない』社会構築」が、掲載されていた。

兵庫県立尼崎総合医療センター講演会『〜人の心に贈り物を残していく〜「がん哲学外来」』に向かった。「大仏さんカフェ」のスタッフの方が、電車で、同席して下さり、道案内して下さった。兵庫県立尼崎総合医療センターの講堂は、職員・市民・学生で、満席であった。講演では、筆者の「がん哲学外来」の起点でもある、1977年来日のスイスの医師:Paul Tournier の神戸(兵庫県民会館に於いて)での講演の内容である『医師の2つの任務〜学者的な面 & 患者と温かい人間としての関係を築く〜』についても触れた。「中皮腫・アスベスト疾患 患者と家族の会」の皆様も、聴講に来て下さっていた。今秋に開催される「中皮腫・アスベスト疾患 患者と家族の会」での講演を依頼された。病院長、呼吸器内科部長、呼吸器外科部長とは、貴重な、夕食の時を過ごさせて頂いた。

『がん哲学外来メディカルカフェ ひばりが丘1周年記念講演会』(ひばりが丘教会に於いて)で、『「今日」という日の花を摘む』(実業之日本社出版) のタイトルで、講演する機会が与えられた。満員であった。昨年末、同じ会堂で、がんで逝去された方の追悼記念講演会に参上した。まさに1926年ジュネーブ大学での新渡戸稲造の講演『「Retroactive Grace」(恵みは遡って働く)』が甦った。

『がん哲学外来・メディカルカフェ@長久手「たつせカフェ」』講演会(愛知県長久手市)は、大変充実した、有意義な一時であった。名古屋駅には、男子中学生のクラスメートが迎えに来て呉れ、お昼には、女子中学生が、お茶を出して呉れた。「無邪気に、喜んで、小さなことに、大きな愛を込める」姿に感動した。『みどりの日』は、日本夜景遺産認定『足利フラワーパーク』に行った。余りの人混みで、迷い、見失ってしまった。その後は、wifeが、しっかりと、手を繋いで、歩いてくれた。迷い子からの脱却の忘れ得ぬ、5月の連休となった。

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